2009年10月15日木曜日

土門拳記念館


 もし、アマチュア諸君が、自分の撮りたいものを自分の撮りたいように自由に撮りたいと思うなら、プロになってはだめだ。 



写真を撮るということを、美しい、楽しい創造活動として続けたいなら、プロになってはだめだ。プロは、写真で飯を食わねばならない。この世で飯を食うということは、美しい、楽しいことではすまされない。かりに、諸君が、保険会社の事務員だろうと、紡績工場の工員だろうと、サラリーをもらう仕事は、美しい、楽しいことではすまされまい。田舎の鍛冶屋である川田君にしても、飯を食う鍛冶屋の仕事は、決して美しい、楽しいことではすまされまい。つまり、それと同じつらさ、苦しさが、プロである写真家にも、のしかかっているのだ。


 

 それなら、せめては、この世の美しい、楽しいことの一つとして、金にも職制にもかかずらわない一つとして、写真の趣味だけでも残しておいたら、どうか。つまり、この人生におけるただ一つの心やり、ただ一つの自己解放の瞬間として、写真だけは、残しておいたら、どうか。アマチュア諸君は、今、せっかく享受しているアマチュアリズムの権利を、何も、好き好んで、自ら放棄する手は、ないではないか。今も昔も日本写真界の芸術的な純潔性を貫いてきたものは、アマチュアである。写真でケチな金もうけをやることなど、通俗な職業写真家に任せておけばいい。ミューズの神は、何も、アマチュアだからといって、美しい写真を撮ることに、分けへだてはしないはずだ……。
土門 拳 「写真家志望の青年へ——弟子になりたいという手紙に答えて」より


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