2011年12月31日土曜日

大晦日 2011年

「お金の世界」から「いのちの世界」へ
__菅野 典雄 (福島県飯舘村村長)


2011年、様々なことが起きました。
大きな転換点となる年だった事は間違いないでしょう。
私も、今後の人生に関わる大きな決断をしました。

皆様、
今年一年、ありがとうございました。

2011年12月25日日曜日

小豆の調整作業

11月のある日のこと、
母が小豆をビニールシート上に広げているところだった。



脱穀作業後でも、収穫した豆には小さなゴミが混ざってしまう。
大豆は水洗いが厳禁だが、小豆の場合は水を吸収する速さが遅いので、ゴミを水洗いで流してしまう事ができる(私の勝手な推測)。

2011年12月9日金曜日

干し柿



渋柿を収穫後、皮をむいて紐にくくり、作業場の軒下に吊るす。
冬の間の甘〜〜い楽しみ、干し柿を作っているところだ。
昨冬は干し柿のうまさに生まれて初めてハマって、実家からもらった干し柿を数えきれないくらい食べた。昨年は柿が近年稀にみる豊作で、本当に枝が折れるくらい成った。今年も昨年程ではないが、結構実った。

2011年11月29日火曜日

ムーミンハウス



栃木県那須町にある、「非電化工房」に行ってきた。
発明家・藤村靖之氏が主宰する『地方で仕事を創る塾』を受講するためだ。

2011年11月24日木曜日

未来は、あなたが"いま"考える事の結果です

飯舘村の菅野典雄村長は、20人程の若者と会うために貴重な時間を割いてくれた。
そして、その若者たちに何を伝えたかったのか。



今、この人間社会を形成しているのは他でもない、私たちひとりひとりだ。
私たちがどう考え、どう行動するかで、未来が決まる。
未来をどう考え、今、どう行動するか。

2011年11月16日水曜日

悲しみを超えて…これからの生き方を


菅野典雄村長が貴重な時間を取って講演してくれたお話の内容を、帰宅後、思いだしながら反芻していると、ある言葉が浮かんできた。

賢者が真我に到達すると
有形の中に無形を見、
変化の中に普遍を見、
偏在する至高の存在となり、

悲しみを超越する。

__「カタ・ウパニシャッド」


私たちの目の前にいるこの人は、真の賢者なのだった。

2011年11月12日土曜日

菅野典雄村長の眼差し


その目は、とても澄んでいた。
それは…まるで、ある種の人に特有なものだった。


2010年の秋、青森の聖女・佐藤初女さんにお会いした時に感じた光。それと近いものを感じた。

2011年11月8日火曜日

声を上げるか? それとも泣き寝入りするか?


 宮城県では11月4日、3.11震災の影響により延期されていた県議会議員選挙の告示がなされ、13日の投票へ向け選挙戦の最中だ。 

私の父親は地元のでの顔の広さが買われ、ある候補者の選挙運動に協力している。現・県知事を支持する勢力だ。

次の話を聞いて驚く人は、公民の教科書にあることを本気で信じているおめでたい人だ。
都市部の核家族世帯では違うと思うが、地方選挙も国政選挙も、田舎の選挙は縁故で票が決まる。コネクションで決まってしまうのだ。「まぁまぁ、よろしくお願いします」で当選者が決まる。そうやって当選した政治家が、実際やるその「仕事」について後になって「こんなはずではなかったなゃ〜」等と陰口を叩く。


だが・・・
 私は今回ばかりは黙っていられない。今の県行政のあり方には許容し難いものがあるからだ。

いったい、誰のための『復興』だ?

2011年10月28日金曜日

2008.6.14.被災地


 2008年6月14日の午前8時43分ごろ。岩手県南部と宮城県北部を中心とした強い地震が発生した。岩手・宮城内陸地震である。
 この地震により、栗駒山周辺の山林各地で土石流や斜面の崩落が発生するなどし、各地で少なくとも17人が死亡、6人が行方不明となった。

 この大地震災害の被災地に初めて足を踏み入れた。発生から3年以上も経った2011年9月28日のことである。

2011年10月24日月曜日

私たちは"ひとつ"になれる

インドが生んだ偉大な聖人の一人、エクナット・イーシュワラン (1911-1999)。

彼は、1959年 アメリカに渡り、残りの人生をせわしなく生きる現代アメリカの人々に心を落ちつける事、瞑想の大切さを教える事に捧げる。

いま、私たちは意見の対立によって分断されている。

2011年10月23日日曜日

TPPのホントのところを知ってほしい

時には、"NO"と言わなくてはならない場面もある。

日本人は「和」を重んじる民といわれるが、例えば、愛する子供をしつけるときはどうか。してはいけないこと、悪いことは、愛情と忍耐をもってそれを教える必要がある。
安全や健康に関わる問題もそうだ。ある考え方や行いの結果、自分自身やその家族、親しい人々、すべての人々…そして、生きとしいくるものすべてにとって有害になる、またはその可能性がある場合、断固とした対応をせねばならない。

いま、まさに激動の時代だ。
私たちの周囲は様々な問題が噴出。たちの悪いことに、その解決への道も幾重にも仕掛けられた砦、堀、石垣、バリケードだらけだ。思いつくまま挙げると、原発震災と放射能汚染、津波被災地の復興問題、公害・乱開発、原子力、グローバル化、飢餓、食料・水争奪戦、領土紛争、米軍基地、失業、医薬品業界と政府の癒着と薬害、学校給食、食習慣、健康危機、医療費危機、財政危機…数え上げてもキリが無い。

2011年10月21日金曜日

原子力…対立のなかで

私は原子核エネルギーの利用は初めから人殺しのための応用物理だと考えている。

私はいかなる目的であっても、いかなる理屈が並べ立てられても、いかなる技術を持ってしても、原子核エネルギーを解放する事は即刻、止めるべきだと思う。原発なんてものは今すぐ止めるべき、ローテク時代の、ポンコツのガラクタだと考える。

田口ランディ氏は、ご自身のブログで、いまの原子力利用についての議論が単なる賛成・反対という対立の構図にはめ込まれる傾向にあることについて書いている。
単なる二対立論で世の中の問題を片づけられるものではないのでは?ランディさんは訴える。
田口ランディ「いま、伝えたいこと」状況のなかの沈黙について

2011年10月17日月曜日

飯舘村 菅野典雄村長に会いに行きます

詳細はまだお知らせできませんが、情報が入り次第、展開します。
11月上旬の平日となる見込みです。



10月17日 追記
現段階での予定です。

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日付:
2011年11月10日 木曜日

集合および解散場所:
仙台駅西口 バスプール

出発時刻:
10:30

途中、昼食をとりながら飯舘村の臨時役場を目指します。
13:30 飯舘村の菅野典雄村長のお話を聞きます。質疑応答あり。
14:30 頃 飯館村復興プロジェクトの人からお話を聞きます。

仙台駅到着・解散時刻:
16:30 頃
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一緒に行く方を募集します
大募集中です!!
一応、定員は20人です。先着順です。


問い合わせ・参加申し込み先:

宮城県青年会館(エスポールみやぎ)
担当・渡辺能久
y-watanabe@seinenkaikan.or.jp
(022)293-4631


中央政府はもちろん、多くの地方自治体も頼りにできなくなってしまったいま、この"ふるさと"を良くしていくのは地域からです。
一緒に地域づくりを学んでいきませんか?

イベント情報「いま、子どもたちを守るために知っておきたい放射能のこと」

ここのところブログから遠ざかっています。更新が滞る理由はたいがい、単に気が向かなかったか、どこかへ出かけたりして時間が消化されていたかのどちらかですが、今回は後者の方です。何だかんだイベントがあったり来客があったり、ブラッと出かけたりとしていました。写真が貯まっています。

宮城在住の知人にメールで直接展開しましたが、イベントのお知らせです。


子供たちの将来に関わる問題がテーマです。

10月25日火曜日
「チェルノブイリへのかけはし」というNPOの代表者の講演会です。
詳細はこちらです。
http://maruta.be/kakehashimyg/annai

2011年9月26日月曜日

初めてのハセ組み


 猫の額ほどの田んぼながら、今年は初めて、種まきから自分のやりたいやり方での米作りに挑戦している。もちろん、無化学肥料・無化学農薬で。
 稲の品種は3種類。ひとつは、古代米の一種の赤い餅米。種子はとあるNPOから購入したのだが、結構いい値段だった。これはほとんど放置にも関わらずずんずんと生育し、ある程度の収穫が期待できそうだ。そして、無肥料栽培で採種されたササニシキ。やっぱり、ササニシキは大好きな米だ。が、今年の栽培のほうは成功かというと、まあ、失敗に近い。田植え時期が遅過ぎたか、水管理が悪かったか。残りは父親が育苗して余った苗をもらい受けたヒトメボレ。ヒトメボレとササニシキは間もなく稲刈りどきだ。


 当初から自然乾燥にしたかったので、この辺りの伝統に従ってハセ掛けをしようと思う。「ハセ(稲架)」とは、刈り取った稲束を乾燥させるための物干しのこと。

2011年9月24日土曜日

「空安心」している場合ではないよ。


アルボムッレ・スナマサーラ長老の言葉
 いまは情報社会です。情報が簡単に手に入ると、「空安心」してしまうのです。
 では、たくさん情報を知っているからといって、日々変動する経済状況に応じることができるのでしょうか。先を読めるのでしょうか。(中略)
 人を危険な状況に追い込むものは「空安心感」です。キツイ言葉ですが、人生には安心感がないほうがよさそうです。不安に耐えられる、強い精神を持てばよいのです。

最近出会った、短いドラマ。思わず泣けてきた…。


blind from YUKIHIRO SHODA on Vimeo.


2011年9月23日金曜日

人類の進化を信じて・・・未来へ


 こうしている今も「ふるさと」が失われてゆく。それでも私たちは、生きてゆかねばならない。実際のところ、生きることは本当に苦しい。しかし、こんなときこそ、いまをフルに生きることが大切だ…と、意識を足元に戻す。

 3.11後、熱心に読んでいる本がある。ロバート・C・フルフォードという、一人の老医者が著した『いのちの輝き』という本だ。一言でいえば、「叡智が詰まっている」。わたしの稚拙な表現力には、この本の素晴らしさを皆に伝えることができない。夏休みの宿題では、読書感想文ほど嫌いなものはなかった私。でも、この本は多くの人に読んでもらいたい、と願う、その気持ちだけはここで書ける。

2011年9月4日日曜日

「大丈夫」…その根拠はどこから?



 さて、ここ宮城県ではもはや、人々の口からもあまり発せられなくなりつつある、放射能による汚染の話である。
 今更ながら、群馬大学の早川由紀夫教授による汚染地図を知ったので、覚悟はしていたものの、厳しい現実を再認識させられた。 私の故郷である角田市も、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の事例に当てはめると、無条件で移住すべき汚染レベルに該当している。

早川由紀夫の火山ブログ 放射能汚染地図(三訂版)


2011年8月15日月曜日

悼み・・・


胸が痛い。
あまりにもむごい現実。目を疑いたくなる。

清掃登山でおなじみの登山家、野口健さんのブログ
福島第一原発、20キロ圏内の世界

これらは本当に血の通った人間の仕業かのだろうか…。
原子力発電の惨禍はあまりにもむごい。

人間の限界なのだろうか…。

2011年8月2日火曜日

航跡

もう、嘘は語るまい。


普段から真実のみ口にしていれば
その人が強い意志を持って発せられた言葉は
やがて現実となる。

真の自由は、他者との関係を通じてのみ達成できる。なぜなら、互いが結びついている世界では、あなたの安全が保障されない限り私は決して安全にならないし、他の人たちが満たされない限り、自分も満たされることはないからだ。これは協力に満ちた世界があれば可能になる。こういう世界が私たちの理想なのだろうか。愛する人に残したい世界なのだろうか。もしそうなら、私たちに課せられている責任はあきらかである。
マイケル・エドワーズ

2011年6月25日土曜日

2011年6月21日火曜日

快挙!!! 宮農の牛3頭が入賞


やったね!!!
津波に流され生還した宮城県農業高等学校の牛が、県の共進会で見事入賞を果たしました。

電話でこの知らせを聞いた時は感動しました。
(これまでの経緯についての私の記事はこちらです→津波から生き残った牛たち…あれから3ヶ月

大崎市発「おむすび」さんの記事『津波乗り越え3頭入賞 加美農に避難の宮城農の牛 県ホルスタイン共進会(美里) 「学校復興のシンボルに」』

河北新報の記事『被災の乳牛 高い評価 宮城農高 県の品評会で2位に』

毎日新聞の記事『宮城県農業高:奇跡の乳牛が準グランプリ…県品評会で入賞』


各記事で伝える内容が微妙に違っていますが…これら3記事の内容をまとめると、3頭出品したうち2頭が部門2位に、1頭が4位入賞と好成績であったのでしょうね。私の相方が宮農の先生から直接連絡を受けたのですが、それはもう喜びで大興奮のご様子で、どの牛が何位に入賞したのだかよく確認取れなかったらしいので(学校始まって以来の快挙とか?それとも久しぶりの入賞?)…後でゆっくりとお話を聞きたいなと思っています。

まずは喜びのお知らせでした。
被災地と、この国と、全世界に希望の光が届きますように。

2011年6月20日月曜日

深刻な人道的危機




ある団体が年ごとに発表を続けてきた、『10の最も深刻な人道的危機』。

2011年3月11日から私たちの身に起こった「東日本大震災・原発震災」は、その候補に挙がるのかもしれない。

住民は行政や電力会社が自分たちの健康や生活を守ってくれるものだと信じていた。だが、そうではなかった。

人々や動物たちは逃げ遅れた。多くの人が外部被曝をしたと思われる。
だが、もっとも恐ろしい事態は、人々がこの危機的な状況が理解できず、避難するつもりもないような、何も無かったかのように振る舞っていること。朝も夜もテレビばっかり観るよう訓練された人々は、政府や行政の発表を盲目的に信じ、大手マスコミが垂れ流す「でも、原発は必要」というお題目を唱えている。これは情報操作、煽動、プロパガンダだ。洗脳だ!

2011年6月19日日曜日

『復興』その前に被災者への手当てを



マリールイズさんや、スマナサーラ長老の講話を思い出すと、今の行政のやっている事に疑問がわいてくる。

いま、このとき。
とにかく、困っている人が現にいるのだから、その人たちの医・食・住と医療の確保が第一だと思う。
そして、何よりも外してはならないものが、被災者へのケア、特に心のケアだと思う。まずはこれらが必須ではないだろうか。

2011年6月17日金曜日

「ヒバクシャ 世界の終わりに」上映会


イベント情報です。


2011年6月19日日曜日、ドキュメンタリー映画
「ヒバクシャ 世界の終わりに」の上映会が仙台であります。
私も行きます。

前売り料金で観れる整理券があと2枚余っています。
どなたか観ませんか?連絡いただれば当日会場で渡します。

詳しくは、三陸・宮城の海を放射能から守る仙台の会の記事をご覧下さい。

津波から生き残った牛たち…あれから3ヶ月


2011年6月11日。
あの3.11大津波から生き残った宮城県農業高等学校の牛たちへ会いに行きました。



雨上がりの眩しい天気の中、宮城県加美農業高校へと車を走らせました。
初めて訪れる加美農。まず、その敷地の広さには驚きました。
津波直前まで牛を逃がした先生の一人が案内をしてくれました。


2011年6月11日土曜日

奇跡を起こす「慈悲」の力


スマナサーラ長老の講話と瞑想会『慈悲と瞑想と祈りの集い』に行ってまいりました。

USTREAMによる動画配信も行われました。
http://www.ustream.tv/recorded/15282769にて視ることができます。
会場となった輪王寺の本堂には100名…いやもっと多くの人々が詰めかけました。私が会場へ着いたのは開演の直前でしたが、運良く中央付近の長老から近い座布団の席に着くことができました。長老の生の声がハッキリと聞き取れる位置です。

長老の力強い言葉に、大変なパワーをもらいました。時折発せられる冗談や軽い毒舌に会場は笑いに包まれ、その笑いの度に、人々の生命エネルギーが一気に高まる感覚を覚えました。

そう、「笑い」が必要。

いま、私たちがすべきこと、かつ、誰にでもいますぐにでも出来ること。それは、ニコッと笑うことだと長老は言います。

2011年6月8日水曜日

東北をなめるな!!


被災地を見せ物にするな!


3.11以後、直接・間接的に私の耳に入った被災地の声です。表現等は私が編集しています。情報の出所、内容等を保証するものではありませんが、微力ながらこうして発信したいと思います。

スマナサーラ長老がやってくる!


慈悲と瞑想と祈りの集い』 が
2011年6月10日の夕方、仙台市北山の輪王寺にて開かれます。
めったに無い機会かと思い、私は参加を決めました。




幸せの本当の意味は、心の安らぎです。
アルボムッレ・スマナサーラ


スリランカ仏教の長老、アルボムッレ・スマナサーラさんの本は、ここ数ヶ月、寝る前に読んでいました。自己の訓練のためです。私たちは心の動きを落ち着かせる訓練を重ね、霊的に進化をしなければなりません。

2011年6月7日火曜日

催し情報いろいろ


3.11 東日本大震災から3ヶ月目にあたる2011年6月11日、各地で様々なイベントが企画されています。私は自分の田んぼの田植えを計画していたため残念ながら参加できませんが、特に予定がないという方はぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。また、こういった集まりがどうも苦手だったとか、「何だか偽善ぽくて…」と敬遠していたという方も(実際私もそうでした)この世界最大の危機をきっかけに、顔を出してみてはいかがでしょうか。本音丸出し・素の自分でいいのです。


「無関心」それは非人間的


内沼の夕景。2011年2月撮影

石巻の生んだ偉大な作家、辺見 庸
21世紀初頭、9.11以後の"お祭り騒ぎ"のなかイラク戦争へと暴走する狂気の時代。ヒトの「人間性」が問われる時代に、彼の放ったメッセージは…。

2011年6月4日土曜日

SUE ライブへ行きました


SUE(すぅ) - Sound Us Earth

それは
何と素敵な音楽

そして
何と素晴らしい出会い!


イベントは
あと2日残っています。


6/4 (sat)
Place 岩沼 虹庵  宮城県岩沼市志賀字長坂54-1
Open 17:30  Start 18:00 ( ¥500でベジタリアン虹庵弁当を用意します ※要予約)

6/5(sun) 
Place 仙台 PANGAEA 宮城県仙台市青葉区一番町1-11-20SUGA-DUNビル4階 http://www.pangaea-sendai.com/  
Gest Speech 佐藤 光夫 / 円
Open 13:30 Start 14:00


私のブログの数少ない貴重な読者の皆様、
ぜひ、友人知人、大切な人をお誘い合わせの上
遊びに行ってみて下さい!

2011年5月20日金曜日

「私たちには知る権利がある」


鵜呑みにしない。
真に受けない。

私たちには"政府の公式見解"を信用したい気持ちがある。お上の言う事なんだから、まず間違い無いだろ、と。
いや、正確には「そのように訓練されてきている」のかもしれない。義務教育の段階から、学校の先生の言う通りにすると"良い子"であるとみなされ、先生に逆らう事は"不良"ということになっていたと思う。

2011年5月16日月曜日

なせばなる!



なせばなる成さねばならぬ
何事もならぬは人の
なさぬなりけり

有名な歌である。
日本人なら一度は耳にした事がある人も多いのでは? 歴史に疎い私でさえも テレビアニメかなにかの主題歌にそのフレーズの一部が引用されていたせいで、子供の頃から知っていた。この和歌のもつ意味や、どこで誰によって生まれたかは別として…

2011年5月2日月曜日

発芽


今日も温かい南風。
この心地よい空気に乗って、ここ角田の耕地にも放射性物質が飛んで来ているのだろう。

さてさて。
私はというと、今のところ逃げていない。

仙台法蓮草。
本当は秋蒔きの品種だが、種を採種したいのものあって春蒔きした。
初夏に食べるのが楽しみだ。

2011年4月29日金曜日

チェルノブイリを忘れない


私は何も、
全ての人が脱原子力運動家になれと言っているわけではない。

ただ、
今自分たちが置かれている状況について
無関心のままでいる事を改めて欲しいと願っている。

その、無関心こそが
暴力なのである。


私たちは、未来の世代に責任がある。
私たちの未来、そして
私たちの子、孫の世代がどんな世界で暮らすかどうかは
いま、この私たちがどのように考え行動してきたか、
それの結果でしかない。

幸いな事に、
私たちは歴史に学ぶ事ができる。


「フクシマ・ダイイチ」の事も
「ヒロシマ」「ナガサキ」と同様、忘れ去られてしまうのだろうか?

同じ間違いを繰り返していては
遅かれ早かれ、私たちはここに住めなくなってしまう。
この星の表面の、本当に薄い空間に。


花屋の店頭



いつも居る部屋、または普段良く目にする場所に
生きた花を飾ってみる。

生き物をなにか飼ってみる。
または、植物の種を蒔き、育ててみる。

それだけの事で
あなたの生活空間に
いのちの波動が広がる。

2011年4月23日土曜日

仮設住居の設置、進む






上の二枚を撮影していると、小さな女の子を連れた女性に声をかけられた。
「ここは、どこの人のためのでしょう?」
話を聞くと、その方は気仙沼で津波の被害に遭われ、この近くに住む親類の家に世話になっているとの事。連れている女の子はおそらくお孫さんだろう。

2011年4月21日木曜日

原発は止めることができる!


ただ、ひたすらに、そう信じること。そうすることで、チャンスが与えられる。

信念。

これからの私たちには、この『信念』というものが必要なのかもしれない。
信念について、医学博士 アンドルー・ワイル氏が代表的著書「癒す心、治る力」にて、自身の体験に基づき以下のように述べており、大変興味深い。


ずいぶん前のことだが、わたしはどんなクローバー群落でも必ず四つ葉のクローバーをみつける女性に会ったことがある。

水仙




狭い路地を歩く。
パッと見て、昔からここに住まわれているのだと解る風格のあるお宅。

2011年4月19日火曜日

津波から生き残った牛 関連情報


3.11大震災によって、大津波の被害を受けた宮城農業高校

津波に襲われる直前に、実習担当職員の先生二人によって牛舎から解き放たれた牛たち。
大波に飲まれ、押し流されながらも、生き残った牛たちがいます。

私がこの救出劇をたまたま耳にし、このブログに投稿したところ、思いのほか反響が多く寄せられました。こちら→「救いたかった命」と「救われた命」

そこで、たいへん遅くなりましたが、
以下、ネットから情報を集めてリンクを貼っておきます。

被災者は人間だけじゃなかった。

被災地に残された牛


…以上です。あとは○売新聞社のニュースサイトを参照する投稿が多数でした。

2011年4月18日月曜日

別な道


今回の大震災・原発震災によって、何らかの感化を受けた人は少なくないはず。
たいていの人々は、暮らし方そのものを根本的に見直さなければと、目が覚めたのだ。

マスメディアでは口々に『復旧』だとか『復興』だと騒ぎ立てる。
連日連夜、ACジャパン(昔は公共広告機構と言ったっけ?)による呼びかけの繰り返し。大部分がテレビ・ラジオ依存症のニッポン在住の人々は、マインドコントロールされてしまっても不思議ではないだろう。「ニッポンは必ず、復興する!」だと。

でも、ちょっと待ってくれないか。
ここで立ち止まり、考えてみませんか?

本当にかつての浪費社会に『復旧』して良いのだろうか? ましてや、さらなる高排出社会へと『復興』してしまったら、私たちの子孫はずっとこの地域で暮らしてゆけるのだろうか?
このテーマについては、既に多くの人々が発信していると思いますので、詳しくは偉大なる先人方にお譲りします。
この大震災で目を覚ました人はいいけど、残念ながら、何も学ばない人も少なくはない。そのような人々が、点けっ放しのテレビの前から動かない。そして、経済・産業界がバックの広告無限ループ。鮮やかな洗脳術。「我が国が復興を遂げるためには経済力が、エネルギーが、電力が必要なんです」となる。「資源の少ない我が国が安定的に電力を得るためには、原子力発電が必要なのです!」との屁理屈にさえ疑いもしなくなる。

2011年4月14日木曜日

原子力について、もっと関心を持って欲しい。


様々な考え方があると思います。

  • 原子力は危険で恐いので反対。即刻やめるべきだ。
  • 原爆を落とされた国だというのに、原子力の利用なんて…
  • 原子力は恐いけど必要だから、頼るのもやむを得ず。
  • 絶対安全な原発なら賛成。高効率でクリーンなんでしょ?
  • ・・・
人それぞれ、直感的に感じる事、知っている事、または立場などによって、原子力の利用に対する捉え方は様々だと思います。

また、原子力発電について、今回の福島第一原発の大・大・大事故によって、嫌でも関心がわいた人もいるかと思います。しかし、何か情報を、真実を知りたいと思っても、役人や電力会社の人の説明は専門用語ばかり並べられ、難しくて何が何だか良く分からない。自分が何が解らないのかも上手く言えないひとも多いのでは?

または、特に関心がない、自分の意見がない人もいると思います。どうでもいいでしょ?的な。
それも致し方ないかも知れないですね。私たちの知らないところで、どっかの密室で勝手に建設が決められている。私たち電力利用者からすれば、どこかの遠い田舎から電気が送られてくる。ブレーカーのスイッチを入れれば即・利用できる、ただそれだけにしか感じない。


誤解を恐れずに言えば、私は原子力関連の仕事をしていた事があります。

2011年4月12日火曜日

生涯現役!


天変地変に遭った年でも、季節はいつも通りに巡ってくる。
稲の種播きの季節。




「ちょっと、まき方が薄いようだ…」
満年齢 93歳。
未だに農作業の様子が気になって仕方がない。
率先して現場監督を務める。


2011年4月5日火曜日

2011年3月20日日曜日

「救いたかった命」と「救われた命」

今回の投稿も写真無しです。

多くの報道機関による大震災の報道は
被災地以外の人々にも恐怖と混乱を与え、心理的に害があるように思え、こちらの方としても心苦しく思います。

ここで少し、心温まるような、
希望があるような話を紹介したくて、
稚拙な文章力ながら、キーを打ち込みたいと思います。


2011年3月14日月曜日

もう少し経てば、事実が明らかになるでしょう

新聞、ラジオ等のメディアにより、津波による大惨事と聞いております。
海岸沿いで起きた出来事は、私の行動範囲から確かめる事はできません。

私の住む仙台市太白区東部付近の情報です。
近所の名取川、その支流の笊川を見ると、
津波によるものなのか、大量の土砂や流木、
所々小型のボート等まで川岸に打ち上げられているのが見えます。

多賀城方面から、ずっと煙が立っているのが見えます。
石油施設が火災を起こしているとの情報です。


遠くに住む方で被災地付近の様子が気になる方へ
マスコミでは大変衝撃的な映像、情報が流されています。
その一方、比較的被害の軽い場所も少なからずあります。
どうか落ち着いて、こちら側からの電話等をお待ちください。

また、災害伝言ダイヤル「171」もご利用ください。
問題なく稼働しています。

食料、水、熱源が問題です。
運良く開いている店舗には、物資を求める人々の長蛇の列です。

電話回線は相変わらず混み合っています。
携帯電話のメールの送受信もなかなかうまく行かないです。

生きていれば必ず、
こちら側から連絡が行くと思います。
それが何日後になるのか、わからない状態です。


2011年3月13日日曜日

カンベンガ・マリールイズ

皆様…

お久しぶりです。

2011年3月11日夕方、本州東部を中心に、激しい揺れに襲われました。

仙台市太白区東部にある私の自宅アパートは、大変好運な事に、目立った建物被害はなく、水道は無事でした。間もなくガスも使える様になり、13日の20時現在、私の自宅では電気が復旧し、こうしてインターネットに接続する事ができる様になりました。
関東地方にお住まいの方々の中には、東北地方に電力を配分するために、率先して節電にご協力していただいている人もいると聞き、どう感謝を申し上げたら良いかわかりません。
電話網、携帯電話網は、相変わらずつながりにくい状態が続いています。 携帯メール等は、まとまって何十通と受信されてしまう場合もあります。
被災地以外にお住まいの皆様にお願いがあります。
ご心配おかけしますが、安否確認のための電話、メール等はどうぞお控えくださいませ。
被災地内でも電話回線や携帯回線が混み合い、生存者同士、自分が生きていること自体を知らせる手段に困っている場合があります。また、電気の復旧の目処さえたたない地域もまだまだ多く、携帯電話にメールや電話を頂いても、仮に生存していても返信できない状況も考えられます。切実なお願いです、被災地への安否確認のための電話・メールはお控えください。
演壇のカンベンガ・マリールイズ氏
カンベンガ・マリールイズは語りかける。

蛇口をひねれば、飲めるような綺麗な水が出る。6歳になると、どの子供も平等に小学校へ通う事ができる、明日も来週も来月も来年も35年後も「生きているはず」だと思える…これって特別な事なんですよ。