2011年3月20日日曜日

「救いたかった命」と「救われた命」

今回の投稿も写真無しです。

多くの報道機関による大震災の報道は
被災地以外の人々にも恐怖と混乱を与え、心理的に害があるように思え、こちらの方としても心苦しく思います。

ここで少し、心温まるような、
希望があるような話を紹介したくて、
稚拙な文章力ながら、キーを打ち込みたいと思います。





私は現在、宮城県の県立高校に勤めています。といっても、学校の先生ではなく、アルバイト事務職のようなもの。

3.11の大地震の発生時は職員室で少し眠気を感じながら仕事していたと思います。3月20日現在、ほぼ無傷の自宅アパートで、残りわずかな灯油とプロパンガスを頼りに過ごす事ができています。電気は地震発生から2日後ほどで復旧しました。以後、自宅のIP電話やインターネットが使用できる様になり、こうしてブログ等に投稿できる様になっています。

私の勤務する高校は震災後、避難所となり、体育館や武道場へ避難者を受け入れていました。
自治体からの避難所開設の要求があったにもかかわらず、市職員は一人も派遣されず、学校職員のみでの対応となりました。主に、体育科の先生方が活躍され、停電・断水の中、避難者のためのトイレの用意や物資の配布、食事の炊き出しまでを行っていました。

私も14日(月)から校舎の復旧作業をしつつ、微力ながら、武道場に避難された方々のお世話をお手伝いしました。インフラの復旧がすすむにつれて徐々に避難者が減っている中、学校の避難所機能は18日(金)で終了となり、隣りの中学校へ統合されました。引き続き避難生活を強いられる被災者達は、その中学校や親戚の家などへと移って行かれました。

高校の先生方はこのような状況の中、高校入学試験の合格発表のために休み無しで奮闘されていました。ご自身の家庭も大変な状況であるにもかかわらず…。公共交通機関の麻痺状態・通勤のための自動車燃料の調達にも困る中、自転車利用や乗り合わせ等で何とか学校へと通勤されていました。そうして、何とか合格発表の前段階までこぎ着ける事ができたみたいです。

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海の近くに立地する宮城県農業高等学校は、大地震後に押し寄せた大津波に襲われた学校の一つです。地震後すぐ、生徒や教職員たちはこれまでの避難訓練の通り、校舎の屋上の方へとすみやかに避難し助かりましたが、職員室をはじめ、学校の事務機能は完全に失われたということです。



宮城農業高校でも来年度の新入生を決める一般入試の事務作業を行わなければなりません。
3月21日の週より、私が勤務する学校校舎の一部を、この事務作業のために当てる事になっています。
農業高校に割り当てる部屋の準備等が一段落したところで、私の高校の教頭先生から、あるエピソードを教えていただきました。以下、記憶に残る限り書き残したいと思います。

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その時、二人の先生は、校舎には避難しませんでした。

牛舎にいたのです。
確実にやってくるであろう、津波の前に、世話をしてきた可愛い牛達の綱を、一頭一頭、解き放していたのです。この子達を高台に連れて行く時間はない、が、しかし、せめて自由にさせて生き延びるチャンスを与えたい…命をかけた作業でした。

牛達を解放した後、そのうち三頭をサイロがある盛り土(写真下)の上に避難させました。二人の先生は小型のダンプトラックをその盛り土の上に移動させ、津波に備えました。







水が押し寄せ、あっという間に体が地面から浮き上がりました。

間もなく、近くの揚水機場(上の写真右手奥の建物)から、ものすごい高さの黒い水しぶきが上がりました。先生の一人が、サイロの上の鉄骨(下の写真のオレンジ色の骨組み)の上に登り、もう一人の先生にも上がるよう促しました。
しかし、恐怖のあまり脚がすくんでなかなか登る事ができません。やっとの事で上に上がることができました。



何という大波なのでしょう。
波は、とんでもない高さまで体を持ち上げました。
おそらく、牛舎の屋根を越えたのではないでしょうか…いや、確実に。
地上から見上げると高くそびえ立つ、あのサイロの屋根が目の高さに。


そして、奇蹟が起こります。

波は先生の一人をサイロの屋根鉄骨に残し、引き始めました。
先生は必死にサイロの屋根鉄骨にしがみつき、助かったのです。



では、もう一人の先生は?! 沖へと流され、太平洋の藻屑となってしまったのでしょうか…。


その先生は、何と、
校庭にある高い木の枝にしがみついて助かったのです。

牛を逃がしていた先生達、二人とも救われたのです!
そして、この国の未来を支える人物——農業高校の新入生を決めるため、入試選考事務へと取りかかるのでした。


伝説のヒーラーの言葉。
あたえればあたえられる。なぜか?あたえるたびに、その人のなかにある生命力の輝きがますからだ。それは木にも花にも観葉植物にもある生命力とまったく同じものだ。われわれはときに、人間も動物や植物と同じ自然の一部でしかないことを忘れてしまう。五感をとおして経験される欲望が、自分だけはちがうと錯覚させるのである。(中略)われわれはともに、この世界を分かちあって生きている。あらゆる生き物が平等に、宇宙の力に頼って生きている。だから、地上に生きる目的のひとつは、われわれすべてがひとつの存在であるという事実に気づくことにある。
__ロバート・C・フルフォード(オステオパシー医)


2011年4月5日追記


牛を逃がした実習担当の先生の一人から、直接話を伺う機会がありました。事実に基づき、二人の先生の生存の経緯を訂正しました。文字の色を青色にしております。
ちなみに、木の枝にしがみついて助かった先生は実際にいました。その先生は、校舎の一階で逃げ遅れた人はいないか、見回っていて津波に飲まれたそうです。


宮農で飼われていた牛は、14頭生き残ったそうです。彼・彼女らは、4月4日現在、加美農業高校で過ごしているそうです。震災後、様々な場所で発見され、市民の方が水や餌を与えられるなどして何とか生存し、後に先生たちによって加美農業高校へと移送されました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

16 件のコメント:

stepup8765 さんのコメント...

子供が宮城農業高等学校2年生。
すばらしい先生に恵まれたことを感謝して。
伝えてほしい事を、伝えていただきました。本当にありがとうございます。

M さんのコメント...

我が子もその時、校舎の屋上に避難していました。津波が押し寄せて来るのを見て、死ぬ覚悟をしたと言っておりました。そんな状況の中で動物の命まで助けようとする先生達がいたとは・・・。宮農の近くを牛が歩いている動画を見て、なぜ牛が助かったのだろうと不思議に思っていましたが、そういうことだったんですね。宮農の先生達には本当に感謝と感動です。この話を色々な人達に知ってもらいたいのですが、引用させてもらっても良いでしょうか?

16PK さんのコメント...

stepup8765さん
お読みいただき、また、コメントを書き込みいただきまして、ありがとうございます。
私はこの話を耳にした時、感激のあまり背筋が震え上がりました。本当に素晴らしい先生方です。このような救出劇は、困難な局面にある避難生活の方々の希望の光となるでしょうね。

16PK さんのコメント...

Mさん
ありがとうございます。
子供達は恐ろしい思いをされましたね。災害当時、宮農の学校内にいた生徒・教職員ら全員無事だったと聞き、安堵しました。その陰にこのような物語があったとは、まさに感動です。牛を救った先生は今、生き残った牛達の捜索に精を出されていることでしょう。
私はその先生から直接お話を聞いた訳ではありませんので、内容の正確さは保証できませんが…私の拙い文章でよろしければ、引用・リンクをご自由にどうぞ。

M さんのコメント...

16PKさま

宮農から避難する際に「だてもん市場」のあたりに牛がいたそうです。

10mの津波が・・・と聞いた瞬間から無事が確認できるまでの心身ともに凍り付いたあの感覚。忘れられません。今回の震災で失われた多くの命、そして残された者の絶望感は察するに余り有ります。

震災による津波を他人事として「天罰」とか「天の恵み」と言い放ったエライ人達に、命の大切さを知って頂くための良いお話だと思います。どうもありがとうございました。

匿名 さんのコメント...

きちんと改めて話を聞いて修正してくださってありがとうございます。
今日のYAHOOのトップにこの記事があったのですがいいかげんな記事で腹が立ちましたがここではきちんと書いてくださって感謝します。ありがとうございました。

M さんのコメント...

16PKさん

追記ありがとうございます。
生徒たちはこれから3校に分かれる事になりますが、こんな素敵な先生達が付いていて下さるのでしたら、どこへ行くことになったとしても安心です。一日でも早く仮設校舎が完成することを祈っております。前回、直接お話しを聞いた訳ではないということで引用をためらっておりました。ご本人から直接話を聞き、追記して下さった16PKさんの誠意にも感謝致します。どうもありがとうございました。

M.W さんのコメント...

はじめまして。私は宮農を卒業した者です。
津波があった出来事を詳記していただきありがとうございます。地震があってから、母校がどうなってしまったのかとても不安でした。
私も他の卒業生に伝えたいのでリンクさせて頂きます。
ありがとうございました。

16PK さんのコメント...

匿名さん、M.Wさん
コメントありがとうございます。
残酷な現実もありますが…この、素晴らしい出来事を少しでも多くの人々に伝わって欲しい、その思いで停滞気味だったこのブログに投稿しました。ギリギリのところで命が助かったというのにも関わらず、震災後、毎日のように実習場の土砂や瓦礫の片付けをしていたという先生方の言葉に、胸が熱くなりました。このような素晴らしい先生に恵まれた、誇るべき日本最古の農業高校"宮農"の、見事な復活をお祈りしております。

16PK さんのコメント...

Mさん
コメントありがとうございます。宮農の「移転」は、ほぼ100%決まりと聞いております。その他の津波被災の学校の再建もあり、事態は混沌としていますが、神様は休みなく時間をすすめておいでです。自然の変化・季節の移ろいと共に子供たちの成長も確実に進みます。一刻でも早く、教育から立ち直って欲しいです。
水俣病の被害者が「水俣は恵み」と言った事を何かの本で読みました。この大震災はこの一ヶ月でも多くのことを私たちに教えてくれました。そして今後もこの"恵み"は限りなく続くことでしょう。

匿名 さんのコメント...

全く持って素晴らしい話しです。
このように立派な先生方が在籍してるとは。
命とは人、牛の区別なく生きているもの全て同等で大切であり尊いものである。
事を実践するとは何という感動でしょう!

朝日新聞の野球部の談話で、野球部の主将翼君のようにしっかりした人が居るその訳をこれで納得できました。
2011年7月8日

匿名 さんのコメント...

はじめまして。
かなり時期が過ぎた頃の投稿失礼します。
20年前に宮農を卒業しました。
ブログを読んで涙が溢れて来ました・・・
懐かしい光景は変わってしまい残念な気持ちです。
ですが、皆さん無事に学校再建のために頑張っているのを目の当たりにし、とてもうれしく思います。
仮説校舎も、我が家の近所。温かい目で見守って行きたいと思います。

okamasa さんのコメント...

静岡に住む高校教師です。昨年末、名取市閖上でがれき撤去のボランティアに参加させていただきました。そこで宮農を見つけ、息をのんでしまいました。同業者として胸が張り裂けるような思いでした。帰宅し、ネットでこのブログ発見し、3月20日の記事に涙が止めることができませんでした。まことにぶしつけですが、新学期に向け、学校で発行している通信にこの文章を掲載させていただけませんでしょうか。最後の引用文もぜひ生徒に紹介したいと思います。よろしくお願いします。

16PK さんのコメント...

okamasa さん、
熱い思いのこもったコメントをありがとうございます。
そして、遠いところから瓦礫撤去に来て下さったとの事、本当にお疲れさまでした。

この宮農の逸話を他者に紹介したいというお気持ち、大変うれしく思います。私のこのブログの投稿に関しては、リンクする事やソーシャルブックマーク(facebook等)での共有はご自由にしていただいて結構です。

ただ、学校通信への掲載ですが、少々待っていただけないでしょうか。念のため、当事者である宮農の先生に一言声をかけてからお返事をしたいと思います。おそらく快く許していただけるかとは思いますが…。

また、自分で言うのもなんですが、インターネット上の情報をそのままの形で教育現場に使われる事に対して、個人的に抵抗があります。この震災では、政府やマスメディアからの信憑性に欠ける情報の流布により、多くの人々が苦しめられ、今現在もそれが続いています。一方、ネットからは信頼できそうな情報も多く得られましたが、嘘情報のバラまきに一役買っていたこともまた事実です。これは、私たちだけでなく、全世界的な問題でしょうけれども…。
今の時代、子供だけでなく大人にも問われているものは情報リテラシーではないでしょうか。悲しいですが、子供たちに「ネット上の知らない誰かが言った事を、ただ鵜呑みにするな」と教えなければならないのが実情だと思います。実際の発行物に掲載されるのであれば、そのところを十分検討した上でお願いします。私個人的なお願いです。

16PK さんのコメント...

okamasa さん、
宮農の先生が転載を歓迎して下さいました。
現在、この先生は畜産実習から離れ、バイオ技術を使って被災した校庭に奇蹟的に生き残った桜などの樹木を仮設校舎の校庭へと移すことに取り組んでいるそうです。生徒と職員の想いを遺すために。
宮農の情報は新聞やテレビなどでも多数取り上げられているようですね。

okamasa さんのコメント...

16PKさま

okamasaです。このたびはお手数かけました。宮農の先生方にも感謝の気持ちでいっぱいです。また、今回「情報リテラシー」についても勉強させていただきました。自分が社会科の教師で、授業でそのことを教えていながら、今まで深く考えていなかったことに恥じ入るばかりです。このやり取りを、そのまま授業ネタに使いたいほどです(笑)
これからの16PKさまのご活躍をお祈りしています。