2011年4月29日金曜日

チェルノブイリを忘れない


私は何も、
全ての人が脱原子力運動家になれと言っているわけではない。

ただ、
今自分たちが置かれている状況について
無関心のままでいる事を改めて欲しいと願っている。

その、無関心こそが
暴力なのである。


私たちは、未来の世代に責任がある。
私たちの未来、そして
私たちの子、孫の世代がどんな世界で暮らすかどうかは
いま、この私たちがどのように考え行動してきたか、
それの結果でしかない。

幸いな事に、
私たちは歴史に学ぶ事ができる。


「フクシマ・ダイイチ」の事も
「ヒロシマ」「ナガサキ」と同様、忘れ去られてしまうのだろうか?

同じ間違いを繰り返していては
遅かれ早かれ、私たちはここに住めなくなってしまう。
この星の表面の、本当に薄い空間に。


花屋の店頭



いつも居る部屋、または普段良く目にする場所に
生きた花を飾ってみる。

生き物をなにか飼ってみる。
または、植物の種を蒔き、育ててみる。

それだけの事で
あなたの生活空間に
いのちの波動が広がる。

2011年4月23日土曜日

仮設住居の設置、進む






上の二枚を撮影していると、小さな女の子を連れた女性に声をかけられた。
「ここは、どこの人のためのでしょう?」
話を聞くと、その方は気仙沼で津波の被害に遭われ、この近くに住む親類の家に世話になっているとの事。連れている女の子はおそらくお孫さんだろう。

2011年4月21日木曜日

原発は止めることができる!


ただ、ひたすらに、そう信じること。そうすることで、チャンスが与えられる。

信念。

これからの私たちには、この『信念』というものが必要なのかもしれない。
信念について、医学博士 アンドルー・ワイル氏が代表的著書「癒す心、治る力」にて、自身の体験に基づき以下のように述べており、大変興味深い。


ずいぶん前のことだが、わたしはどんなクローバー群落でも必ず四つ葉のクローバーをみつける女性に会ったことがある。

水仙




狭い路地を歩く。
パッと見て、昔からここに住まわれているのだと解る風格のあるお宅。

2011年4月19日火曜日

津波から生き残った牛 関連情報


3.11大震災によって、大津波の被害を受けた宮城農業高校

津波に襲われる直前に、実習担当職員の先生二人によって牛舎から解き放たれた牛たち。
大波に飲まれ、押し流されながらも、生き残った牛たちがいます。

私がこの救出劇をたまたま耳にし、このブログに投稿したところ、思いのほか反響が多く寄せられました。こちら→「救いたかった命」と「救われた命」

そこで、たいへん遅くなりましたが、
以下、ネットから情報を集めてリンクを貼っておきます。

被災者は人間だけじゃなかった。

被災地に残された牛


…以上です。あとは○売新聞社のニュースサイトを参照する投稿が多数でした。

2011年4月18日月曜日

別な道


今回の大震災・原発震災によって、何らかの感化を受けた人は少なくないはず。
たいていの人々は、暮らし方そのものを根本的に見直さなければと、目が覚めたのだ。

マスメディアでは口々に『復旧』だとか『復興』だと騒ぎ立てる。
連日連夜、ACジャパン(昔は公共広告機構と言ったっけ?)による呼びかけの繰り返し。大部分がテレビ・ラジオ依存症のニッポン在住の人々は、マインドコントロールされてしまっても不思議ではないだろう。「ニッポンは必ず、復興する!」だと。

でも、ちょっと待ってくれないか。
ここで立ち止まり、考えてみませんか?

本当にかつての浪費社会に『復旧』して良いのだろうか? ましてや、さらなる高排出社会へと『復興』してしまったら、私たちの子孫はずっとこの地域で暮らしてゆけるのだろうか?
このテーマについては、既に多くの人々が発信していると思いますので、詳しくは偉大なる先人方にお譲りします。
この大震災で目を覚ました人はいいけど、残念ながら、何も学ばない人も少なくはない。そのような人々が、点けっ放しのテレビの前から動かない。そして、経済・産業界がバックの広告無限ループ。鮮やかな洗脳術。「我が国が復興を遂げるためには経済力が、エネルギーが、電力が必要なんです」となる。「資源の少ない我が国が安定的に電力を得るためには、原子力発電が必要なのです!」との屁理屈にさえ疑いもしなくなる。

2011年4月14日木曜日

原子力について、もっと関心を持って欲しい。


様々な考え方があると思います。

  • 原子力は危険で恐いので反対。即刻やめるべきだ。
  • 原爆を落とされた国だというのに、原子力の利用なんて…
  • 原子力は恐いけど必要だから、頼るのもやむを得ず。
  • 絶対安全な原発なら賛成。高効率でクリーンなんでしょ?
  • ・・・
人それぞれ、直感的に感じる事、知っている事、または立場などによって、原子力の利用に対する捉え方は様々だと思います。

また、原子力発電について、今回の福島第一原発の大・大・大事故によって、嫌でも関心がわいた人もいるかと思います。しかし、何か情報を、真実を知りたいと思っても、役人や電力会社の人の説明は専門用語ばかり並べられ、難しくて何が何だか良く分からない。自分が何が解らないのかも上手く言えないひとも多いのでは?

または、特に関心がない、自分の意見がない人もいると思います。どうでもいいでしょ?的な。
それも致し方ないかも知れないですね。私たちの知らないところで、どっかの密室で勝手に建設が決められている。私たち電力利用者からすれば、どこかの遠い田舎から電気が送られてくる。ブレーカーのスイッチを入れれば即・利用できる、ただそれだけにしか感じない。


誤解を恐れずに言えば、私は原子力関連の仕事をしていた事があります。

2011年4月12日火曜日

生涯現役!


天変地変に遭った年でも、季節はいつも通りに巡ってくる。
稲の種播きの季節。




「ちょっと、まき方が薄いようだ…」
満年齢 93歳。
未だに農作業の様子が気になって仕方がない。
率先して現場監督を務める。


2011年4月5日火曜日