2011年8月19日金曜日

最後の仇討ちの地、石巻・渡波


報復では何も解決しない。





復讐では、何一つ、良くならない。
人類の長い歴史で、それはもう、みんな嫌というほど学習してきたはずなのだが、愚かな私たちは今の世も過ちを繰り返す。

いま、この国で起きていること。爆発した福島第一原子力発電所の周辺で、原発で働いていた人やその家族へのいじめが見られると聞いた。辛辣な非難であろうことは想像に難くない。原発労働者の妻や家族は、そのようなやつあたりに対し、泣きながら精一杯謝るという。
また、震災後間もなく聞いた話だが、「福島」県民であった、「福島」から避難してきた、さらに単に「福島」ナンバーの車両に乗っていた、それだけの理由で非難を受けたり、あからさまな差別を受けたりする事件があったという。
これらのいじめや偏見が現時点で無くなっていることを願いたい。

自分の日々の生活や安全を脅かされた。大切な家族を失った、住み慣れた土地を離れなければならなくなった。それらを"誰か"のせいにして、その"誰か"を恨み、報復しようとする心を持った時点で、不幸へ一直線の道を歩き出したことになる。報復では何も解決しない。誰かを傷つけた心は、巡り巡って、結局は自分自身へと向かってくる。

9.11事件の報復として始まった"対テロ戦争"とはいったい何だったのだろうか。
「テロとの戦い」等の発言を行った政治家などは「私はとても頭が悪く、智慧のかけらも持ち合わせておりません」と世間に発表したようなものだ。対テロ戦争は結局、多くの人々を不幸にしただけだった。

私たちに少しでも学習する能力があるのなら、経験や先人の残してくれた智慧に学ばなければならない。ずっと、ずっと。次の世代へ。

_ _ _
写真は今から1年ほど前、2010年8月下旬の時点のもの。この「最後の(合法的)仇討ち」の碑が建つ石巻市渡波地区も3.11の大津波の被害により、すっかり様子が変わってしまったと聞いた。海苔の養殖の説明を受けた牡蠣養殖施設も、なんだこりゃ丸乗船場も、もう、無い。
「最後の仇討ち」に関しては、Emisi氏の「祝田浜 久米幸太郎の仇討」に詳しいので、興味のある方はどうぞ。

0 件のコメント: