2011年10月24日月曜日

私たちは"ひとつ"になれる

インドが生んだ偉大な聖人の一人、エクナット・イーシュワラン (1911-1999)。

彼は、1959年 アメリカに渡り、残りの人生をせわしなく生きる現代アメリカの人々に心を落ちつける事、瞑想の大切さを教える事に捧げる。

いま、私たちは意見の対立によって分断されている。



わたしはそれが、何者かの意図により引き起こされたものであるのではないかと感じている。彼らは、自分の利益の事だけに興味があり、他の人々、他の生命の事など二の次だ。彼らはモノやカネこそすべてなのだ。わたしにはとても信じられないが、彼らは自分の子供や子孫の事さえカネに比べたらどうでもいいと思っているのだ。そんな彼らにとって、民衆が賛成と反対とに仲間割れしていると、その計画を進めるのに都合が良いらしい…。

私たちは、分断させられている。
このままでは奴らの思うつぼなのだ。

今こそ、智慧を働かすとき。

イーシュワラン氏の言葉・・・
 意見の衝突がある場合、人々を分断するのは、本当はイデオロギーの違いなどではありません。たいていの場合、"我先に"と主張する自我(エゴ)のせいなのです。相手の意見に敬意を払い、注意深く耳を傾けさえすれば、万事うまくいくことは少なくありません。
腹が立っているときはもちろん、あっという間に、そのようなことは忘れてしまいます。不和が生じるためには、じつのところ、会話のやりとりすら必要ではありません。瞬間的に見せるフラッシュ・カード一枚、それだけで十分です。ロミオとジュリエットが喧嘩をしているとき、ロミオはジュリエットに勝とうと、念入りに組み立てた理論を並べますが、そうしているあいだにも、彼の手は、「僕は正しい」と書いた大きなカードを、ジュリエットの前に掲げているのです。すると、ジュリエットも負けずに、「あなたは間違っているわよ!」と書いたカードを出します。このカードは、どんな場合にも使い回しがききます。ほとんどの喧嘩はこれにつきますから。
喧嘩の当事者を刺激するのは、このフラッシュ・カードの傲慢さにほかなりません。人を優先させるというのは、「わたしの意見が大切なように、あなたの意見も大切です」ということを、言葉だけでなく、心から認めることです。相手の言いぶんに敬意を払って、耳を傾けられれば、すぐさま相手もあなたの言葉に敬意を払って、聞いてくれるようになるでしょう。この態度がいったん確立してくると、おおかたの対立は解決します。

イーシュワラン氏はまた、このようにも書いている。
意見が衝突しているとき、みんながやっていることがこれです。耳栓をいつも持ち歩いていて、誰かが気に入らないことを言いはじめるとすぐ、耳に栓をして話が終わるまで待ち、それからまた話しはじめるといった具合です。今度、好きな人と喧嘩をしたときの自分の態度をよく観察してみてください。決してメロドラマのようには見えないと思います。むしろ、テレビのコメディー番組のようでしょう。二人の人間が、おたがいに聞く耳をもたぬまま、合意に達しようとがんばっているのですから。(中略) これほど滑稽なことがあるでしょうか。二人は、意見の相違を埋めようとしているのではありません。それどころか、相手を許さないとおたがいに決心を固めているようなものです。
このような喧嘩をやめるには、心を落ちつけて、相手が言っていることに__たとえ気にいらなくても__完全に集中して、耳を傾けることです。一度試してみてください。演劇の筋と同じように、起承転結があることでしょう。しばらくは、話がどんどん展開していき、言葉もどんどん熱を帯びてきます。何もかもがクライマックスに向かって進んでいきます。やがて、場面は終局へと……。一方のトーンが落ちてきます。声も和らぎ、言葉もやさしくなってきます。それは、あなたが負けじと声をあげて言い返したりせず、相手に対する尊重を失わなかったからなのです。


溝は埋めることができる。それがいつになるかはわからないけど………そう信じて、残りの人生を送る。

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