2011年11月24日木曜日

未来は、あなたが"いま"考える事の結果です

飯舘村の菅野典雄村長は、20人程の若者と会うために貴重な時間を割いてくれた。
そして、その若者たちに何を伝えたかったのか。



今、この人間社会を形成しているのは他でもない、私たちひとりひとりだ。
私たちがどう考え、どう行動するかで、未来が決まる。
未来をどう考え、今、どう行動するか。




菅野村長は講演の冒頭で「第三の変革期」をとりあげた。

現在は、現代日本における第三の変革期であるといわれる。

現代日本の幕開けは、明治維新であった。これが第一の変革。
第二の変革期は第二次世界戦争の敗戦と戦後復興期であると考えられる。

変革には消えゆくもの、滅びゆくものがつきものだ。
明治維新では武家社会が崩壊した。
戦争が終わり、軍国主義が葬り去られた。ある意味、あの頃のこの国は今風な言い方をすれば軍事国家、軍事政権独裁国家、ってなものなのだろう。

「バブル経済崩壊」をきっかけに世の中がめまぐるしく変化している。それこそが、現在も続く「第三の変革期」。

最近、私はある事に気がついた。
高度成長やバブル経済の"オイシさ"を経験した世代と、その甘さを知らない就職氷河期以降の世代とは、どうしても埋められない深い溝があるという事を。私はまさに、氷河期世代であり、危機意識の高い仲間もほとんどみな私と同じかそれ以下の若者である。40歳代以上で地に足着いた活動をしている人は人口比でいえばまさに希で、同世代からの白い目が相当キツかったのではと思われる。
ちなみに、私の親はまさに、1950年以降生まれ、戦争も飢餓も知らない高度成長世代である。両親に私が何を言っても、捉え方が私とはまるで違うのである。「何、夢みたいな事ばかり言って…」ってな具合である。何を話しても、馬の耳に念仏、のれんに腕押しなのだ。

菅野村長は言った。
ではこの「第三の変革期」で滅びるのはどんな人間か。
…それは、
  • いま、起きている問題を認識できない人間
  • 問題と向き合わず、先送りする人間
こういった人々が滅びるのではないか。
村長は、いまの日本人のほとんど全てが『自分さえ良ければ病』に毒されている事を悲しむ。私たちは生まれてから成人するまで、いったいどれくらい「あなたさえ良ければ、他人はどうなっても良い」と吹きかけられ育たなかればならないか。いったい、なぜこんな世の中に?きっと、この世で最も大切なものが人の「こころ」からお金へと変わってしまった事に根っこがありそうだ。
学校教育は人間形成の場ではなく、子供に次の過程へ進む資格を与えるためだけの機関となり、教育として大切なものをそれこそ先送りする。最終的な教育機関では専門分野の実学へと特化され、結局、最も大事な教えが受けられない。こうして、未来の「つつましい人間」ではなく、「都合の良い消費者」が量産されていく。

また、人々の自己責任の無さも心配要因だ。自分で考え、行動する事が、動物としていかに基本的な営みか。

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ここ2年半、感度を上げ、いろいろと私なりに考えてたどり着いた持論は
『食卓から世界を変える事ができる』
である。

どのような食生活をするか。
いいえ、それ以前に、「生きる」とは何かをはっきりと自覚しなければならない。生きるためには何が大切かという問題をきちんと解いておかないと、その後の思考パターンや行動がおかしくなってくる。私たちひとりひとりが、食べる事とは何かを考え、選択した行為が、世界全体に影響を及ぼしている。そんな事になっているなんて、ほとんどの人は大脳の隅っこでも考えてはいないだろう。
だから、いま、この世界のあちこちで悲しい現実がはびこっている。飢餓や貧困が、無くならない。戦争が、無くならない。

そこには、強力な意思の力がある。

問題は、ある人たちの強力な意思の力で、引き起こされているという事に気づく事が大切だ。
悲しい現実だが、この世の中には、戦争を引き起こしたくてたまらない人々が、いる。彼らが戦場へ向かい、人殺しをするわけではない。強力な意思の力で、戦争をさせるのだ。はかない私欲を満たす、たったそれだけの理由で…。
ほんのちょっとの人々の私欲を満たす、たかがそれだけの理由で、おびただしい数の難民を作り出す。飢えと乾きを引き起こす。救えたはずの命を救えない。

意思の力を、信じよう!

私たちの意思により、戦争が無くなる日が、必ず来る。
人為的な飢餓が無くなる日が、『顧みられない病気』が無くなる日が、必ず来る。

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